東日本大震災に関わる取り組み
東日本大震災より8年が過ぎて -原点を忘れることなく日々の行動へ
東日本大震災より、8年が過ぎました。当時、自治医科大学循環器内科では、医局を挙げて震災直後より南三陸町に医療支援を行いました。その際に、クラウドコンピュータを用いた遠隔ICT血圧モニタリリングシステムである災害時循環器疾患予防支援システム (DCAP, Disaster Cardiovascular Prevention Network)を新たに構築し、当時、混乱する南三陸町で災害医療を統括していた西澤匡史先生(現、南三陸病院副院長)とともに南三陸町ベイサイドアリーナ避難所に導入しました。当初、このICT血圧モニタリングシステムは、避難所に設置しましたが、その後、より長期の支援が行えるように家庭血圧を用いた遠隔モニタリングシステムへ改良しています。
現在、本システムの利用者は350名を超え、被災地の最近の血圧コントロールは120-125mmHgと季節変動も5mmHg程度に抑制され、きわめて安定した良好な状況となっています。本システムの導入後、南三陸町の循環器疾患の発症は約半数に減少しており、遠隔ICT管理システムの地域医療の導入が長期的にも循環器イベント減少につながることが示されています。南三陸町では、2015年に南三陸病院が新築され、被災されていた住民の方も仮設住宅から恒久住宅への入居がほぼ終了したことは、大変喜ばしいことです。今後、先進的地域医療の充実を誇る健康長寿の全国モデル地域になることが確信されます。
自治医科大学循環器内科が、伝統として最も大切に引き継いでいる「目の前の一症例に全力を尽くす」という基本的精神こそが、我々の臨床の教室の遺伝子です。その表出として、ここに共同通信から発せられた震災時に我々の行動と思いを記した新聞のリレー記事を残しています。また、最近、震災当時のDCAP支援活動調査から明らかにした「災害高血圧」発生機序から見えてくる「災害時こそ食塩摂取に気を付ける」ことの重要性がわかってきました。その論文とその概要を添付します。
我々は、医療の原点を忘れることなく、医療現場で何か役に立てないか、真に必要な医学のエビデンスと革新的技術は何か、を常に考え続け、日々臨床と研究の両立を行いながら、結果を残す行動を続けていきたいと思います。
2019年8月吉日
自治医科大学循環器内科学講座?教授
苅尾七臣
東日本大震災から8年
南三陸病院 副院長 西澤匡史先生
【苅尾先生との出会いとDCAPネットワークシステムの導入】
東日本大震災から8年がたちました。宮城県南三陸町では津波により町内の医療機関は全壊したため、私は南三陸町最大の避難所となったベイサイドアリーナで全国から来た医療支援チームを束ね、災害医療の陣頭指揮を執りました。震災後しばらくは、医師は私一人だけで、薬を求める避難者が救護所に長蛇の列を作る光景を何度も目の当たりにしました。
しかし、震災から1か月ほどたつと薬も安定的に供給され、医療は落ち着きを取り戻しつつありましたが、各医療支援チームからは血圧の高い患者が多いと度々報告を受けました。有効な手立てがなく困っていた時に、自治医科大学循環器内科教授の苅尾先生が避難所を訪問され、窮状を伝えるとDCAPネットワークシステムを紹介していただきました。渡りに船とばかりに話は進み、4月29日に南三陸町に導入されました。
このシステムは「震災後は血圧が上昇し心血管イベントが増える」という阪神淡路大震災を経験された苅尾先生の発案で東日本大震災後に開発されました。ICT(情報通信技術)を利用して血圧?脈拍データを集積し、自治医科大学でデータを解析し、被災現場の医師に負担を掛けず、ハイリスク患者を抽出して現地の医師に報告し、ピンポイントにケアすることで心血管イベントを抑制することを目的としたシステムです。当初は震災急性期の利用を想定して開発されましたが、血圧の季節変動を鋭敏にとらえ、過去の血圧データをもとに迅速に対応することで季節変動幅を最小限に抑え、イベントの発症抑制に有効であることがわかり、現在も使用しています。
【震災後の医療の復興状況】
震災1か月後に開設された南三陸診療所はプレハブでできており、夏の厳しい暑さと冬の寒さに耐え診療を行っておりました。町内の開業医が6件から2件に減ったために、診療所に通院する患者さんが増え、震災前以上に待ち時間も増加しました。患者さんもこの厳しい環境で診療を待ち続けたのです。また、初めの1年間は検査体制も不十分でCT検査や内視鏡検査をするために、30Km程離れた病院まで患者さんを搬送するような状況でした。2年目からは外来検査は震災前のレベルに戻ったものの、依然として町内に入院施設がなく入院のために遠く離れた病院まで搬送する状況が続いておりました。2015年12月に南三陸病院が開設され、ようやく町内で入院できる設備が整いました。
【DCAPネットワークシステムの成果と今後の抱負】
DCAPネットワークシステムは導入から8年を超えましたが、厳格な血圧コントロールを維持することができ、その結果、DCAPネットワークシステム登録患者351名中脳梗塞発症患者を1名認めるのみで、心血管イベントの抑制に成功しております。
「震災で助かった命をいかに守っていくか」ということを常に考え、現在も南三陸で診療を行っていますが、その陰で今もなお、苅尾先生をはじめとする自治医科大学循環器内科医局の皆さんが、南三陸町民のために支えていただいていることに感謝しております。今後も心血管イベントゼロを目指し、住民の健康管理を行っていきたいと考えております。
リレー連載『大震災と医療、そして前へ』(2012年)
2012年、共同通信社から配信された東日本大震災に関するリレー連載記事です。(PDF:6.7MB)
東日本大震災直後の被災者の健康調査データから判明した塩分摂取と災害高血圧との関連性
星出 聡 (自治医科大学内科学講座循環器内科学部門?教授)
Salt Intake and Risk of Disaster Hypertension Among Evacuees in a Shelter After the Great East Japan Earthquake. Hoshide S, Nishizawa M, Okawara Y, Harada N, Kunii O, Shimpo M, Kario K.
Hypertension. 2019 Jul 8:HYPERTENSIONAHA11912943. doi: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.119.12943.
本研究報告は、東日本大震災発生後まもない2011年4月29日~5月5日に宮城県南三陸町ベイサイドアリーナの避難所を含めた3ヵ所にて行った災害支援の一つである健康調査のデータからの解析結果です。当時、本健康調査を希望された272名の避難者の方々に問診、血液?尿検査、血圧測定を行い、結果を数日以内に返却し、早急に対応が必要な該当者がいた場合は、現場の医師に周知を行っていました。これらのデータを用いて、随時尿で評価した推定塩分摂取量と災害高血圧の関連を検討しました。推定塩分摂取量が1g増加すると、災害高血圧のリスクが16%増加することが明らかになりました。また震災前には高血圧の指摘がされていない方々の中では、平時において食塩感受性増大のリスクとされる高齢者、肥満、慢性腎臓病、糖尿病が背景にある集団においては、その関連が、その背景がない集団と比較して推定塩分摂取量と災害高血圧のより強い関連を認めました。また、災害高血圧は、心血管イベントのサロゲートマーカーとされる微量のアルブミン尿のリスクでした。
災害後に心血管イベントが平時と比較して増加することが報告されており、その理由として災害高血圧の関与が示唆されています。これまでも、災害時に血圧上昇を認める報告が多くありますが、その機序を明確に示した報告はありませんでした。本研究は、災害時こそ食塩摂取に気をつけることを初めて示したエビデンスです。本研究結果は、将来的な災害発症時の支援活動に活かせることと思います。
東日本大震災後慢性期における被災者の心血管リスク評価
西澤 匡史 (南三陸病院?副院長)
Winter morning surge in blood pressure after the Great East Japan Earthquake. Nishizawa M, Fujiwara T, Hoshide S, Okawara Y, Tomitani N, Matsuo T, Kario K.
J Clin Hypertens (Greenwich). 2019 Feb;21(2):208-216. doi: 10.1111/jch.13463. Epub 2018 Dec 20.
本研究報告は東日本大震災後慢性期における被災者の心血管リスク評価を目的とした南三陸研究の一環で2013年夏および2014年冬に連続してABPM(24時間自由行動下血圧測定)を行った南三陸病院に通院する心血管イベントリスクを1つ以上有する412名のデータを解析した結果です。なお、412名中自宅居住者が299名、仮設住居入居者が113名でした。2013年夏から2014年冬への血圧の変化は、診察室血圧、24時間平均血圧、昼間血圧、夜間血圧および早朝血圧のうち、早朝血圧(132.3±17.3 vs. 136.8±17.2mmHg,変化値;4.5±20.1mmHg,p<0.001)が最も大きい季節変動を示しました。次に、この早朝血圧の季節変動(Winter morning surge)を5分位し、最高分位(20mmHg以上)に対する要因を検討しました。その結果、仮設住宅居住者で75歳以上の集団がリスク(オッズ比;5.21,95%信頼区;1.49-18.22,p=0.010)となることが分かりました。原因として、自宅築年数が平均32年で、自宅に比べ仮設住宅は間取りが狭いものの気密性がよいため、室温の変化が小さいことが考えられました。さらに、高齢者では自律神経系に障害をきたしていることが多く、住宅環境要因に加え、Winter morning surgeを修飾する原因になっていると考えました。
一般に血圧は季節変動をきたし夏期に血圧は最も低下し、冬期に血圧が最も上昇することが知られており、その主な要因は気温の変化と考えられています。本研究は被災地における季節変動のうち、冬期のモーニングサージの原因として住環境の違いと年齢が関与していることを初めて明らかにしました。本研究結果は被災地ばかりでなく、日本全国において特に高齢者では、冬期の血圧上昇を抑制するために住環境の整備が有用であることを示したものです。
DCAPシステムを用いた東日本大震災後から4年間にわたる家庭血圧の推移
西澤 匡史 (南三陸病院?副院長)
Strict Blood Pressure Control Achieved Using an ICT-Based Home Blood Pressure Monitoring System in a Catastrophically Damaged Area After a Disaster. Nishizawa M, Hoshide S, Okawara Y, Matsuo T, Kario K.
J Clin Hypertens (Greenwich). 2017 Jan;19(1):26-29. doi: 10.1111/jch.12864. Epub 2016 Jul 11.
本研究報告は東日本大震災により壊滅的な被害を受けた南三陸町において、自治医科大学循環器内科の協力のもと、心血管イベントの発症抑制を目的に震災後に構築されたICTを用いた家庭血圧管理システムであるDCAPネットワークシステムに登録していただいた患者351名の震災後から4年間にわたる家庭血圧の推移を示したものです。 DCAPネットワークシステムは随時血圧が180mmHgを超える住民から順に登録し計351名の患者の血圧管理を震災後急性期から慢性期に至る現在まで続けています。導入当初は登録平均血圧(151.3±20.0/86.9±10.2 mm Hg)が150mmHgを超え震災初年度は約1年にわたり血圧が高い状態が続き、季節変動が消失しているということがわかりました。季節変動が消失した理由としては気温の変化によるストレスを震災後に生じた様々なストレスが凌駕したのではないかと考えました。また、過去の報告と比べても、長期間血圧上昇が続いており、被災規模の大きさに影響された可能性が示唆されました。しかし、震災後2年目からは夏に血圧が最も下がり、冬に向け血圧が上昇する季節変動を認めるようになりました。さらに2年目以降夏から冬にかけての血圧上昇の傾きを徐々に小さくすることに成功し、4年目では季節変動幅を6.9mmHgに抑えることができました。さらに、震災後2年目で平均血圧を120台にコントロールし最終的に4年目では120.2±12.1/ 70.8±10.2 mm Hgまで低下させることに成功しました。
災害後に心血管イベントが平時と比較して増加することが報告されており、その理由として災害高血圧の関与が示唆されています。災害後被災地において、長期間にわたりICTを用いて血圧管理を行った報告は今までにありませんでした。本研究は災害時にICTを用いた血圧管理システムを使用して厳格な血圧管理を実現できることを初めて示した報告です。 厳格な血圧管理を行うことで災害前と比較して、心血管イベントの抑制に成功しており、DCAPネットワークシステムは将来の災害発生時はもとより、平時においても心血管イベントの抑制に貢献できるものと考えております。
医局ボランティア派遣チームの活動
派遣先
宮城県南三陸町、気仙沼市、石巻市の避難所
派遣期間
2011年4月29日~5月5日
派遣員
苅尾七臣、三橋武司、新保昌久、星出聡、甲谷友幸、矢野裕一朗
活動内容
避難所の医師(診療)支援とDCAP(災害時循環器リスク予防net)システムの導入、東大?日本プライマリケア連合学会を中心とした「健康調査プロジェクト」への参画
― チーム編成までの経緯
震災直後から「健康調査プロジェクト」への協力を依頼され、その準備を共同で進めている中、2011年3月25日から4月2日に岩手県大船渡に派遣された第一次自治医大災害派遣医療チームの報告で、被災者には重症高血圧患者が非常に多いことが判明しました。
阪神大震災の経験により、災害時の循環器疾患予防には被災者の血圧管理が大変重要であることから、当医局では避難所に血圧管理の仕組みを導入するため、ボランティア派遣チームを編成しました。
― 実 績
血圧測定の重要性周知とそのデータ把握を迅速に行うため、「遠隔モニタリングシステム」を開発し、震災から約1.5ヵ月後、避難所に血圧計とそのデータを通信する装置を設置しました。
患者はIDカードを持っていき、血圧を測定し、サーバーに送信します。個人のデータはサーバーで管理し、主治医と自治医大担当者とで観察でき、異常な変動などが見つかれば、すぐ主治医から本院に受診を促します。このような遠隔血圧モニタリングを基本に、避難所での不自由な生活の中にも、塩分を控え、意識的に運動するなど、生活改善を図るきっかけとなるよう実施しました。
また、「健康調査プロジェクト」ではこの間に、南三陸、気仙沼、石巻の3か所の避難所で約350名の被災者の健康調査を行い、3日後にはその結果を返し、受診が必要な人に対して医療機関への取次ぎをする取り組みを行いました。
現在の取り組み
DCAPについては、避難所が閉所した現在は、家庭血圧計でも同様にデータを送信できる仕組みを導入し、家庭血圧と診察時血圧をともに日常の診療に役立てています。
また、集まったさまざまな被災者の方々のデータを解析し、今後の災害に備えた循環器疾患リスク予防管理ガイドラインを策定すること、そして遠隔血圧モニタリングを活用し、患者、保健師、医療機関を繋ぐ次世代地域医療リスク管理システムを確立することを目指し、引き続き注力しています。